2012年5月12日は、徳島県から反差別・狭山現地調査(4団体主催)と、「狭山事件を検証する」というサイト(Oさん主催)の呼びかけで、現地調査に来てくださった人たちとの合同での現地調査になりました。 

 
 荒神様(「自白」で事件当日石川が
通ったとされる)
(狭山事件を検証するサイトより転載)

「狭山事件を検証する」 のサイトに、この日の現調の様子が詳しく報告されています。 
 夏の日差しを思わせる1日。徳島は5月11日、PM11時過ぎに徳島をバスで出発。ネットでの呼びかけで参加された人たちは、新潟(佐渡)、埼玉、東京、福岡等遠くから来てくださったかたたちも。
 13時から現調、15時から富士見集会所で、学習・交流会をしました。足利事件・冤罪被害者の菅家利和さんもこの日来られていましたので、一緒に交流会となりました。
 ネットで呼びかけられたOさんは「支援する側の連帯も必要。一個人でも石川さん無実を確信し、支援したいと思ったとき、その入り口になることができたら」との思いでこれまでネットで現調を呼びかけられ、現調に来てくださっています。

 
 「自白」で殺害現場とされている雑木林跡地
(狭山事件を検証するサイトより転載)

 今回の現調の様子は、「狭山事件を検証する」のサイトで書かれているように、2ヵ月半前に私たちが、東京高等裁判所の前でアピール行動をしていたとき、たまたま通りかかったというMさん「それまで『狭山事件』を知らなかった。高裁前でチラシを受け取り読んでみたら大変な事件だと知った。それから本を2冊読んだ。3月22日の狭山市民集会にも参加した。ネットで現調のあることを知った。私のように狭山を知らない人も多くいると思う。知人、友人に知らせたい。知ったら応援するだろう。まだ知らない人たちに知らせたい」と話してくださったことの驚きと同時に、大きな感銘と感動を受けました。また「石川さんは『家族と一緒に居た』というアリバイを主張している。アリバイというのは、事件現場とは別に居たという『不在証明』、もっとその辺を主張すべきでは?」「狭山を勝利することは民主主義を守る最後の砦。今はネットの時代。映画『造花の判決』等これまでさまざまなものが作られていると思うので、DVD化して、どんどん流したり、共闘やマスコミに見てもらうなど、アプローチの仕方を工夫しては?」「裁判官はなぜ現場にこられないのか?。現場を見れば真実がわかる」「福岡に帰って子どもたちに伝えたい」東京からこられたという方は「高校生のとき、栃木に住んでいた。そのとき、菅家さんの事件があり、石川さんが仮出獄した。関心を持ち続けていたので、今日は菅家さんにも会うことができ、感慨深い思いだ」「狭山事件は40年前から知っていた。石川さん無罪を確信していた。何か出来ることがあればと参加した」「狭山市に住むようになって11年。10年前に図書館で狭山の本を読んだ。ずっと気にかかっていた。今回参加できてよかった」というような感想や示唆を頂きました。

   

 翌13日、Mさんから「ほとんど字書けなかった石川さんの年頭の挨拶を見て涙が出そうになったのを覚えています。いったいどれほどの努力をしてきたのだろうと思いました。獄中では恐らく血の吐くような毎日だったのではないかと思います。昨日お会いして、そんなことを感じさせない明るいお人柄でますますフアンになりました。近々またお目にかかれるのを楽しみにしています。ビラ配りのあの日、私を高裁前に導いてくれた、亡き母に感謝です。」(抜粋)というメールを頂きました。
 私たちはいつも、闘いのなかで素敵な出会いと感動を頂いています。