埼玉県連女性部、部落解放埼玉県共闘会議、石川さんを支援する会埼玉連絡会の現調

 2017年10月8日、少し汗ばむような一日だったが、多くの人が現調に来て下さった。

 

  朝、9時から、県南・石川一雄さんを支援する会(住民の会)、県共闘を中心に狭山市駅でビラ情宣行動を行った。事件発生の地ということもあり、通りかかった多くの人が声をかけて下さったが、ビラを受け取って下さらない人も多く、54年の歳月に唇を噛みしめる。今回は署名でなく、ハガキにお名前、住所を書いていただき、高裁に提出するという試みだったが、20人の人がハガキを書き、支援する会が作った郵便受けに投入して下さった。街頭宣伝では、署名を頂くことだけでもなかなか難しいのだが、通りかかった人が東京高裁・植村裁判長宛てに ハガキを書いて下さったことがうれしかった。
 
 4年ほど前、狭山市駅で情宣行動をしていた時、たまたま通りかかった人が、署名版を持った私の所に来て「私は石川一雄さんを知っています。一級上でした。ある日、私が教室に行くと、3年生の私の教室に4年生の石川一雄さんが座っていて驚きました。私が『あれ』と声をかけると石川さんは驚いたように私をみて、急いで教室から走って出て行きました。そのことは長く忘れていたのですが、思い出したのは、1963年5月狭山事件が起き、新聞に石川さんの大きな写真が載っていたので、その時の事を思い出したのです」と話して下さった。その時はただ「おかしいですね」とその人とお話し、署名もして頂いたのですが、それからしばらくして、石川一雄のその時の驚きや、境遇を想い、とても切なくなった。多分、長く学校に行ってなかったのだろう。教科書も、ノートもなく、4年生に進級していたことも知らず(考えず)以前坐っていた教室にそのまま入り、座っていた石川。石川の教育に関するさまざまな思い出というより出来事はおかしくてやがて切ない。背が小さいので、いつも一番前の席だったという石川が授業中、寝ていても起こすこともなかったという教師、義務教育である教育現場からどれ程切り捨てられてきたのか。
慟哭したい心を抑える。

10時から現調、午後から狭山市民会館での学習交流会。女性部、共闘、また、フェイスブック「狭山事件の再審を実現しよう」の呼びかけで多くの人が来て下さったが、仙台から参加して下さった方がいて驚いたり、感動したり。千葉県や、カトリックの方も。会場いっぱいの参加者にただただ感謝。
 平岡・県連女性部長、持田・県共闘会議議長の「全力で闘う」の挨拶、部落解放同盟・安田さんは、石川無実を科学的に明らかにした下山さんの鑑定(石川宅で発見された被害者のものとされた万年筆は偽物)の実験や現状報告。

   
 平岡県連女性部長  持田県共闘議長

石川は「この3次で勝利して終結できるよう最大限のご支援を」と訴えた。

   

 衆議院選挙は明日10日公示、22日投開票される。マスコミは総選挙のニュース一色だが、石川は54年間選挙権は奪われたままだ。このような冤罪を起こさない司法の在り方や、平和、人権、民主主義を守ること、平和憲法を守ることを公約に掲げた人たちを一人でも多く当選させたい。
  ヌチドゥ タカラ(命こそ宝)