無実の罪で32年に及んで拘禁生活を余儀なくされ、5年前に仮出獄乍ら社会に出て、今は活動の一環と して36年前の不当逮捕、犯人に仕立て上げられた取り調べ過程と現在に至る迄の経緯を国民の皆様に知って貰い、 ご理解頂いた上で、裁判所にもう一度裁判を遣り直し「公正な裁判」を行う様に全国民に訴え廻っている石川一雄と いう者であります。私自身が無知で部落民でなかったら、狭山事件の犯人にデッチ上げられなかったと思うだけに私は 誰よりも自分自身を守るのに文字の大切さを痛切に感じ、今も訴えの合間に勉強し、同時に如何なる差別も許さない 運動にも取組んでおります。
 勿論現在では、部落の解放、差別をなくす運動は多くの理解者によって展開されております。一方、部落解放 運動は幾多の苦難、荊の道を踏拉いて前述の様に部落解放の思想は多くの労働者、市民の皆さんの共感を呼び、部落解放、 人権確立の大きな潮流となって私の狭山事件に対する支援運動にも多大なご尽力を賜っておりますが、私が此処で全国の 皆様に声を大に訴えたいことは当然の事乍ら私は冤罪でありますから私の無実の証拠は沢山存在するということであります。
 にも拘らず司法当局はいまだに私の血の叫びに耳を傾けてくれません。何卒私が公正な裁判を受けられますよう 全国の皆様に訴えます。そして裁判所に対し、1日も早く事実調べ、再審裁判を開始されるよう強く皆様方に要請いただ きますよう、本誌上をお借りして、心から希うものであります。
            
(石川一雄)


 この手記は1999年3月19日号の『週刊金曜日』に掲載されたものです。一雄さんは「見えない手錠」がかかって いるといつも言っています。いま(一雄さん)は「仮出獄」の身であって冤罪が晴れていません。無罪を勝ち取るまで本当の 自由はない、という一雄さんの強い思いを表しているのだと思います。
 1日も早くその「見えない手錠」を解くために、 私たちは全力で闘っています。
 鎌田慧さんの『怒りの臨界』」(2000年3月15日発行 岩波書店)に一雄さんとのインタビュー記事が掲載されています。