近況  2022年7月24日

 1963年5月23日に、石川一雄が別件で逮捕された。その後、狭山事件の犯人とされ、一審「死刑判決」、2審「無期懲役」となり、現在も「無実」「差別」を闘っている原点の日として、毎月23日には、全国各地でさまざまに狭山が闘われている。
私の故郷・徳島でも「部落解放徳島・狭山青年共闘」を中心に、45年位前から徳島駅前で「狭山情宣」行動が続けられている。
私も生まれて初めて「石川一雄さんは無実だ!」「狭山差別裁判糾弾!」の黄色いゼッケンを付けて第1回の徳島駅前での情宣行動に参加した。突然、黄色いゼッケンを渡されて、逃げて帰りたいような気持ちになったことを今も覚えている。

 7月23日、加須のAさんから長い長いメールが届いた。「~今日は、南越谷スタンディングの日でした。~今日のスタンディングは凄い事になりました。~一方的にならず、多くの通行人の方たちとたくさんの会話を持つ事が出来ました。~参加者はいつも以上に元気になっていました。みんなニコニコ笑顔がいっぱいでした。~(一部抜粋)」たくさんの人に話しかけられ、持って行った「カモイ」を「多くの人に見てもらったら、よくわかるね」と話してくださった方もおられたそうです。Aさんの興奮が伝わってくるメールでした。

 同日、「狭山差別裁判を考える福山市民の会」から「7月17日、『狭山事件の再審を求める市民のつどい』がありました。講師から、狭山裁判一審から現在の第3次再審闘争の現状までの経過を話して頂き、新証拠の中から、万年筆・脅迫状・取調録音テープ等について詳しく説明して頂きました。犯人とされた証拠が、無実の証拠になることが冤罪事件です。改めて、狭山差別裁判の歴史的位置づけと、警察・検察の不当、差別性を確認するとともに、年内の取り組みの重要さをかみしめました。~全国署名活動に加え、福山での鑑定人尋問を求める要請ハガキと、街頭行動でのビラ入りテッシュの取り組みが提起されました。参加者一人ひとりが、工夫して行動していこうと確認し合いました。不当逮捕60年までの大きな前進を目指し、がんばりましょう。(一部抜粋)」とのTさんのメールに励まされました。

 フェイスブック「狭山事件の再審を実現しよう」に東京・墨田、東京・荒川での23デーの取り組みが報告されています。

 7月21日、狭山現地調査があった。
地元の高校の先生方だ。久しぶりにA先生と再会。変わらぬ笑顔と、狭山への熱い思いが伝わる。教育を受けられなかった一雄にとって、学校の先生方と、子どもさんの現調は特にうれしく、元気いっぱいになる。エアコンが壊れている現地事務所で、先生方が熱中症にならないかと、心配になるほど熱く語る一雄。「暑いのでもう終わりに」と袖を引く私。

 7月24日、越谷のMさんから「わじまの朝干物セット」が届いた。Mさんとは7~8年前、加須で開かれた「狭山学習会」で、初めて出会った。布川事件の桜井昌司さんと同級生で、冤罪事件に関心を寄せてくださっていた。学習会が終わった後、彼女は「応援しています」と話しかけてくださった。1年ほど前の加須の狭山学習会には「用があって来られない」とのメッセージと共に花束を送ってくださっていた。まだ2回しかお会いしていない彼女だが、それ以降、お手紙、メール等で繋がっている。狭山に出会い、多くの素敵な人と出会わせて頂いた。

 7月21日、東京のGさんが、お連れ合いさんと一緒に車で狭山まで来て下さった。Mさんの手作りのピクルスと、お連れ合いのリーさん手作りの味噌(シソ、ごま油等で味付け)を頂いた。コロナ禍でなかなか人に出会うことがない中で、Gさんの笑顔と、リーさんのはにかんだ笑顔に元気を頂く。

さっそく夕食に「なすの味噌炒め」、翌日は、ご飯の上に乗せて頂いた。おいしい(*^▽^*)

 最近テレビをあまり見ない。
テレビを付けると「アベさんの国葬」が出る。ふざけんな!


 亡くなられた方に鞭うつ訳ではないが、美化一辺倒に近いマスコミ報道・・・・ふざけんな!


 腹を立てていたせいではないと思うが、最近血圧の乱高下がひどい。
15年位前から高血圧で通院し、薬を飲んでいる。これまでずっと上が120~130までで安定していたが、最近は上が160近くになったり100位になったりする。


コロナも拡大している。
皆さん、お身体大切にお過ごし下さい。
私たちも闘い抜きます。