近 況       

 2016年12月22日 近くのガソリンスタンドで、スタッドレスタイヤに交換してもらった。これで少しは安心した。


 12月21日、冬至で、これから昼がだんだんに長くなるそうだ。
宅急便が届いた。大きな胡蝶蘭。驚いた。埼玉のせっちゃんからだった。毎年この日に送って下さるのだが、実はこの日が、石川の仮出獄から22年目、結婚20周年の12月21日ということを忘れていた。せっちゃんは石川の大切な数少ない幸せな思い出につながる人。彼女と出逢ったことが今も不思議に思う。「結婚20周年おめでとうございます。お二人に出逢えて10年が過ぎました。素敵な出会いでした。いつまでもお元気でいて下さい」とのメッセージに、また昔の事がよみがえる。狭山事件に巻き込まれる4年ほど前、T製菓会社で働き、社会保障も充実していた。そのまま働き続けていることができれば、狭山事件にも巻き込まれなかったかもしれない。一番充実した年月だっただろうと思う。そこで出逢ったKさんにつながるせっちゃん。最近目が見えにくく、手紙を書くことも新聞を読むこともおっくうがる石川が、自分で通販で買った紫色の○○○ルーペをかけて、せっちゃんにお礼の手紙を書いていた。よっぽどうれしかったんだろうな~♡♡♡

  12月21日、千葉県のKさんから「ムーラン・フリルキャンティールージュ」(フリル咲きパンジー)が届いた。驚いた。彼から初めての鉢植えの素敵な花のプレゼント。いつも静かに、少しはにかんだように話す彼。高裁前アピールに来て下さるようになって何年になるだろう。「高裁前アピールに行きたいのですが」と話して下さった彼に、「うれしい。ぜひ来て下さい」とお答えしたのはもう7年位前だったろうか?あの日から高裁前アピールにはいつも彼の姿があった。あとから考えると多分お仕事を退職され、高裁前アピールにくることができるようになった時だったのだろう。長いアピール行動の年月の中で、彼が来られなかったのは愛犬が亡くなったときと、他の集会が重なったときだけ。それから「狭山事件にとりくむ東葛住民の会」のSさんや、Rさん、多くの人が来て下さるようになった。
 2014年Sさんはお亡くなりになったが、お連れ合いさんのTさんから21日「12月14日(Sさんの3回忌)は落ち込んでいましたが、石川ご夫妻からお手紙を頂いて少し穏やかな心になれました。」と慣れないパソコンでお手紙を下さった。悲しみも喜びも、共に分かちあう事は出来なくなっても、また新しくつながり合い、交流を深められることに感謝している。
 21日、「狭山再審を求める市民の会 こうべ」のTさんよりお手紙と署名205筆が届いた。偶然と思うが、なぜかうれしかった。


 12月20日 大学病院眼科に。「少しずつ良くなっている」との診断結果に喜びが込み上げる。
 兵庫県のMANAMIさんからメール「先日の石山さんと石川さんの対談のホームページ読ませて頂きました。石山と石川、石と石で岩になる!岩は差別を砕く!」と。

 今日は12月23日、熊本、福岡で坐りこみが。また各地で狭山情宣等闘い続けられている。