2017年3月20日、11時から15時まで、上記集会が代々木公園で開かれ、その後2コースに分かれてのデモ行進があった。
昨年9月22日に開かれた集会は雨でデモ行進が中止になったが、今回は暑くもなく、寒くもなく、お天気に恵まれた。
今年も部落解放同盟の「狭山・沖縄・反原発」のブースに、埼玉、東京、兵庫、千葉、群馬、そしてフェイスブック「狭山事件の再審を実現しよう」管理人のMIKAさんと仲間たち、多くの人が駆けつけて下さった。
志を同じくする人たちの集会では多くの人に出会う。「お互いがんばろうね」「昨年9月の集会以来だね」と肩を抱き合い、また狭山の集会で出会った人たちと「今年こそ」と声を掛け合う。徳島の友人たちにも出会う。

   
 狭山ブースの前で  武藤類子さんと

 署名も北海道から福岡までの人たちから239筆頂いた。

  狭山ブースに顔を見せて下さった鎌田慧さんがお元気そうなのがうれしかった。反原発や、さまざまな不正義に対し、いつも先頭に立って闘い、全国を駆け回っている鎌田さんが「狭山を勝つまでは元気でいます」と励まして下さる。その優しさと凛とした生き方に多くの人が共鳴し、力を頂いている。高裁前でよくお逢いする福島原発告訴団の武藤類子さんとエールを交わす。ワンちゃんも参加!


   
 徳島で労働組合運動、部落解放運動、狭山を闘った友人たちが狭山ブースに

  ずっと立ちっぱなしで少し疲れて狭山に帰ったが、兵庫県のMANAMIさんから美味しいイチゴが届いた。多くの人の優しさに心が潤う。彼女のお父さんは石川と同じ年、「狭山事件が兵庫県で起きていたら父が「石川一雄」になっていたかもしれない」と石川を父のように思ってくれている。

 徳島から「今日20日徳島新聞に『狭山』の獄友の記事がカラー写真で大きく載っていた」と沢山の人から連絡が入る。Sさんが記事を送って下さった。

狭山を闘い、78歳になった石川を想い、心寄せて下さる多くの人たちがいる
でもそれ以上に狭山を知らない人たちも
54年前に起きた狭山事件。石川は無実を訴え続けて今も闘い、生きている
「4回目の20歳を迎えるまでに」と言う石川の思いと闘いを
多くの人に知ってほしい、知らせてほしい