第32次高裁前アピール行動  2017年4月13日

 
 県南 石川一雄さんを支援する会(埼玉の住民の会)の皆さん・狭山歌を

 少し肌寒い感じの朝、2ヵ月ぶりの高裁前アピール行動。8時20分ごろ霞が関駅に降りると、所沢のYさんとばったり。久しぶりに高裁前に来て下さったYさん、「先日、日比谷野外音楽堂で共謀罪の集会に行ったときに集めた署名」と言って49筆の署名を頂いた。体調がすぐれない中を、動ける時には自分の意志を表すために、様々に行動されている。その中で狭山の署名用紙を持って署名活動を続けて下さっているYさん。

 

 高裁前には、多くの人が来て下さっていた。神奈川のYさんニコニコしながら「はい、甘さ控えめのケーキ作って来たよ」と言ってたくさんの手作りケーキと署名10筆、「仕事に行く9時までの半時間しか行動できないけど」と言う彼女にただただありがとうの気持ちで一杯だ。
 千葉「狭山事件にとりくむ東葛住民の会」のKさん、いつものように黙々と桃太郎旗を立て、横断幕を張り、準備に余念がない。そして「はい」と言って、住民の会が毎月取り組んでいる「狭山情宣活動」の中で頂いた署名60筆を。

 
 石山春平さんと菅家利和さん

 滋賀からはNさん、いつものおおらかな、あったか~い笑顔で待ってくれていた。滋賀から来るだけでも大変なのに、毎回必ず1回は来て下さる。いつもバタバタして、走り回り、あわて者の私は彼女の笑顔に会うとなぜかホットする。同宗連(曹洞宗)のHさんとKさん、山梨からTさんと彼の友人の東京のMさん、東京、埼玉、群馬、そして東京清掃労組、OB・OGのGさんとTさんご夫妻、大阪からHさんが来て下さり驚いた。いつもの幟旗を持って、いつものように淡々と。フェイスブック「狭山事件の再審を実現しよう」管理人のMIKAさん、群馬のHさんは大学生の頃、石川の所によく面会(東京拘置所)に来て下さったそうで、彼女が結婚し、子どもができた時、獄中から祝電を出したと石川から聞いたことがある。もう45年以上前の事だそうだが、今日は彼女と娘さん(東京)が高裁前に来て下さった。
 午後11時ごろには神奈川から石山さんが。以前「ハンセン病(回復者)の最後の一人になるまで生き続ける」と話された石山さん。「今日は来られないと思っていたが、用事が変更になり來ることができた。もともとここに一人で来る予定だった連れ合い(絹子さん)は昨日雨の中歩いていて転んで、来られなくなった」と話された。神奈川のNさん、足利事件の菅家利和さん、狭山から久しぶりにSさんも・・・・・

 
 清掃労組人権交流会OBOGの皆さん  狭山Tシャツを
着たGさんのアピール、石川に満面の笑顔がはじける

 驚き、感動したことが今日もたくさんあった。いつも高裁前アピール行動に来て下さりマイクを持ち「私は宗教者として、一人の人間として、冤罪を許さない、石川さんの裁判を開始せよ」と熱くアピールして下さっていたTさん、1月19日の高裁前アピール行動と、日本基督教団の狭山要請行動に来る途中、病で倒れられた。「私はTさんと同じ教会です。Tさんがいつも熱く語っていた狭山、その想いを引き継ぎたいと来ました。今日、病院に行き、Tさんの耳元で今から高裁前に行ってくるね、と報告してきました」と二人の女性が来て下さった。
 午前、午後合わせて50人以上の人が来て下さった。お一人、おひとりお忙しい中を、また遠くから、それぞれの思いを持って高裁前に来て下さり、高裁前の闘いを盛り上げ、石川一雄の闘いを支え続けて下さっている。

   
曹洞宗・浜田さん  入間住民の会 武井さん 
   

 高裁前アピール行動をこのように長く、元気に闘い続けられてきたのも高裁前に来て下さる人、こられなくても応援して下さっている人たちのお蔭だ。
 午前の部と午後の部の合間は裁判所の休憩所でお茶する。義姉のウメ子さんがおにぎりや、胡瓜の漬物、甘夏の皮を砂糖漬けしたデザート等一杯作って持って来て下さり、皆さんに喜んで頂いた。朝早くから起きて準備してくれたのだろう。

  私は相変わらず署名版を持って「狭山事件の再審を求める署名」のお願いをする。12時半ごろ通りかかった人からカンパ一万円を頂いた。あまりに沢山で、申し訳なく、お礼状を出そうと思い、お名前を伺っても「私の気持ちです。応援しています」と言われるばかりで、風のように去っていかれた。
 厳しい闘いの最前線の場である高裁前アピール行動だが、いろいろなできごとがある。出会いがある。感動がある。

 
 Yさん手作りケーキ)^o^( おいしい~

 狭山に帰り、石山さんのお連れ合いさんが転んで怪我をされたと伺っていたのでお電話をした。元気な石山さんの声で「私は神奈川のNさんとの出会いがあり、それまで1車線の道路が4車線になったように思う。また、足利事件の菅家さんと今日は15分くらい話ができ意気投合した。『失うものは何もない。無いという事はこわいものがないという事。石川一雄さんの冤罪を晴らすまで一緒に闘う』と二人で話し合った。『15、16、17と私の人生暗かった』という歌があるがそのとおりの人生だったが、今は満開の花が咲いている心境だ。連れ合いが『私と一緒に社会に出よう』と後押ししてくれた。妻の深い愛情に支えられてきた。それから多くの出会いを頂いた。石川一雄さんとも知り合えた。今日の高裁前アピール行動はMIKAさんがお手紙で知らせてくれた。また、高裁前に行きます」と、話された。絹子さんは大きな声で笑いながら「今日高裁前に行くつもりだったのに昨日雨の中歩いていて転んだのよ、」と・・・・・あっけらかんと話された。石山さんもよく話される。私もおしゃべりで長い電話になった。ほとんど笑いっぱなしの電話だった。

   
 Gさんのオリジナル狭山Tシャツデビュー  Gさん手作りピクルス、ゴーヤも

 神奈川のNさんに電話すると「石山さんのこれまでの活動が花開いたんだよ。苦しい時がいっぱいあったと思うけど、こつこつ頑張ってきたんだね」と・・・・

 MIKAさんに「いろんなところにいろんなこと伝え続けてくださってありがとう」のメールを出した。
 今日のアピール行動でHさんの「裁判長、石川さんの見えない手錠をはずすのは裁判長しかいない。裁判を開いてほしい」とのアピール、裁判長聞こえたでしょうか?