近 況

 2017年10月13日、三者協議でした。2009年9月から始まった三者協議も34回を数えました。2回目の三者協議の2009年12月には門野裁判長が8項目の証拠開示勧告を出したことによって、2010年5月、検察は5項目36点の証拠を開示しました。そのなかに、1963年5月23日、石川一雄が書かされた上申書や、取調べ録音テープなど、実に47年も隠されていた証拠が出されたのです。驚きと「これで動く」との感触を持って心が昂ぶりました。その後も弁護団や、支援者の粘り強い闘いによって、少しずつではありますが、証拠が開示されてきました。といっても、発生から半世紀以上も過ぎた事件、証拠開示がなぜこれほど長くかかるのか、「証拠開示を」の闘いが無ければ開示されない証拠。
 1998年11月、国連・規約委員会から日本政府に対し「証拠は検察の財産ではない、関係資料のすべてを弁護人が入手することが可能となる状態を法律や実務によって確保すること」と勧告されました。また、2008年、石川一雄が1回限りのパスポートを取得して、国連(スイス・ジュネーブ)の自由権規約委員に、「アイアムイノセント(私は無実です)」と訴えました。その時も国連から取調べの可視化や、証拠開示の保証を勧告されています。遅々として進まないように見える証拠開示も、様々な闘いがあって、司法・国家権力の壁を少しずつ崩してきました。開示された証拠の中に、石川無実を明らかにする証拠が隠されていたのです。しかし、8年前に裁判官が出した証拠開示勧告さえも、その一部を、検察は見当たらない、とか開示する必要はない、と今も開示を拒否しています。このような卑劣な検察の不正義を許している裁判所があります。
 2010年から始まった高裁前アピール行動も、市民運動の広がりを見せてきました。ここはしっかりと焦らず、油断せず、徹底的に闘いぬきます。

 10月13日、皆さんから送って頂いた署名2347筆を部落解放同盟中央本部に提出しました。10月31日、狭山市民集会の前段に東京高裁に事実調べ、鑑定人尋問、検察に対して証拠開示勧告の要請行動に、また東京高検に「証拠開示せよ」の要請に行きますが、その時に頂いた署名を提出します。

 10月12日は保護司さんとの面談。23年前、石川が仮出獄で出た当初は保護司さんとの面談は月4回でしたが、今は2回です。他に保護観察官との面談も課せられています。

 10月10日、糖尿病の毎月の健診。2ヵ月程風邪が治らず、運動も控えがちだったので、結果があまりよくなく、落ち込んでいました。
 9月29日 午前中は眼科に、だいぶ良くなったがしばらく経過観察ということで、点眼薬、飲み薬をいただき、次回診察は来年2月に。

   
中内正子さんの 受賞の挨拶  中内さん・南さんたちと受賞を喜びました
 午後から徳島の友人たちの「阿波木偶箱まわし保存会」(代表 中内正子)が「第39回サントリー地域文化賞」受賞したので、贈呈式、記念パーティに出席。受賞理由として「姿を消してしまう寸前だった郷土の伝統芸能である「阿波木偶まわし」を継承し、人形操りの芸だけでなく、正月を寿(ことほ)ぎ、幸せを祈る伝統行事も次代に引き継いだ点が高く評価された」とありました。30年来の友人の受賞がとてもうれしかったです。

  新潟・曹洞宗 野田さんから、9月30日開かれた新潟県研究集会の写真、お手紙等、また 9月6日、17日狭山現調に来て下さった新潟・浄土真宗本願寺派の北峰さんからコシヒカリの新米等を送って頂きました。
 心が折れそうな時も、皆さんの温かさに出会い心が奮い立ちます。