2017年12月21日

 朝Sちゃんから花束が届いた。メッセージには「お二人ともご自愛ください。無実を勝ちとるまで共に!」と書かれていた。私が狭山に来て1ヵ月も経たない頃、東京で「狭山江東集会」を開いて下さり、高校生だった彼女と出会ったのだった。あれから20年になる。彼女は今2児の母として育児や解放運動に奮闘している。私たちにとって彼女は娘、彼女の子どもは孫のような存在だ。そうだ。12月21日は、石川が1994年12月21日に仮釈放された日であり、12月21日は結婚記念日でもある。
 くまもと「狭山事件」を考える住民の会の皆さん、兵庫県のMANAMIさん、多くの人たちが英知を集めて作成した「狭山カレンダー」をみる。12月21日の所に、やはりそれらの事が書かれていた。ストーンリバーのブログは、月の初めに狭山カレンダーを載せているので、それをここに転載させて頂いた。
石川に「今日は出た日だね」と言うと「毎日忙しくて忘れていた。23年前の1994年12月21日、10時半ごろ、千葉刑務所を車で出て、法務省に行き、仮出獄の手続きをし『遵守事項を守って下さい』と言われ、狭山に帰ってきた。車の窓には幌のようなものに覆われ、薬研坂(自宅から車で10分位の所)に来た頃幌が取られ、『ここが薬研坂だよ』と教えられた。しかし、32年前の薬研坂は雑木林だったので、家が立ち並んでいるところを見てもどこかわからなかったなぁ」とポツリ。 いろいろなことが思い出されているようだった。

12月の 狭山カレンダー  ストーンリバーブログより