近 況

 2月3日、日曜日、7時45分、テレビをつけるとNHKが「さわやか百景」をしていた。石川は「ずいぶん長い番組だなあ。刑務所では毎日曜日見ていた」と話した。千葉刑務所では、土曜、日曜、祝日は仕事はなかったそうだ。 
8時朝食。独房に小さい窓から食事が入ってくる。食事を済ますと、そのまま食器を出していたという。12時頃から昼食。日曜日は、月に1回は慰問か、映画鑑賞があり、午後1時頃から2~3時間みんなはその時間を楽しみにしていたという。16時半から夕食。21時に就寝という一日を過ごした。しかし、日曜日は仕事が休みのため、月1回の慰問か、映画鑑賞の日を除いては、一日中房の中で座っていなければならず、その間、横になることも、話すことも禁じられており、とても退屈で、苦痛な時間だったそうであるが、一雄は、休みの日は、手紙を書いたり、裁判の資料を読んだりで、忙しかったという。

 朝、まだ体調がいつものように戻らず、布団の中でぐずぐずしていた私に、「さわやか百景」を見ながら、一雄は書き物に忙しかった千葉刑での日曜日の一日を話してくれた。 
 2019年1月、私たちは徳島に行ったが、一雄は早々に風邪をひき、1週間位寝込んだ。私も食中毒で10日以上体調を崩した。16日、狭山に帰って、19日頃から、一雄は2度目の風邪、私も風邪をひき、1月中、集会や、現調等のないときは、ほとんど寝込んでいた。1か月近く、寝込んだのは2人とも初めてのことだった。
 1月は20日が、埼玉県連支援団体の狭山新年交流会、26日熊本から現調、27日千葉県の「狭山事件にとりくむ東葛住民の会」の狭山学習会、29日は、久々に金監督が撮影に来られた他は、病院に行ったり、保護司との面談等だけで、比較的日程が空いていたので、ゆっくり休むことができた。その間1月23日パソコンをWindous7から10に変えた。パソコン苦手の私なので、もっと苦労するかと思ったが、以外にスムーズに変えることができた。
この間、徳島、大阪、山梨の大切な友人たちが手術をしたり、私自身も含め体調の転換期を感じた。
2月1日は弁護団会議の大事な日だった。14時から始まった会議に私たちも参加したが、咳が止まらず、挨拶だけして帰った。このようなことは初めてだった。また、この日は19時から国立で、「人権・平和条例を活かす会」主催の学習会があり、私も参加する予定だったが、参加できなかった。
 2月3日、保護司との面談の日。いつもは一雄は、自転車で行くのだが、咳も少なくなったので、気分転換に彼を車で送った。
 現地事務所に帰るとメジロが来ていた。久しぶりに桜の木にミカンをさしていたのを見つけたのだろう。
昨年12月21日、せっちゃんから頂いた蘭は今もきれいに花が咲き、1月16日に「狭山事件を考える東葛住民の会」から頂いた(2日遅れで頂いた一雄の80歳の誕生日に)花束も元気だ。

明日は立春 暦の上では春がはじまるという
狭山の春を待つ