浦和地裁「死刑判決」52カ年糾弾!狭山第3次再審闘争勝利!埼玉集会

 「今度は勝てる」と片岡埼玉県連委員長

 2016年3月11日、さいたま市ときわ会館で上記集会が開かれた。
 それに先立ち、浦和駅頭で「県南・石川一雄さんを支援する会」を中心に16時から狭山情宣が行われた。
 浦和地裁(現さいたま地裁)での死刑判決から52年、判決文に「小学校すら卒業せずして少年時代を他家で奉公人として過ごし、父母のもとで家庭的な愛情に育まれることができなかったことは、その教養と人格形成に強い影響を及ぼした」と断じ、部落民ならやりかねないとの予断と偏見の中で死刑判決をうち下した。高い教育を受けた裁判官が、何故義務教育すら受けられなかったのか、なぜ小学校の時から住み込みで働かざるを得なかったのか、親の悲しみや切なさ、小さい子どもが他家で住み込みで働かざるを得なかったその子どもの切なさや苦しみ、環境に、何故思いを馳せることができなかったのか。小学校5年で、住み込みで働きに行ってしばらくして、親が恋しくて7キロ位の道程を歩いて逃げ帰ってきたと石川から聞いたことがある。しかし、一年分の給金を先に受け取っていたので、泣く泣く住み込み先に返されたのだという。

 「死刑判決」の日から52年が過ぎた。

 証拠が徐々に開示され始めたとはいえ、2009年の高裁・門野裁判長の証拠開示勧告から7年が過ぎた今も開示勧告された証拠すら検察は出そうとしない。裁判官はこのことをどの様に考えているのだろう。

 ただひたすらに、証拠を出してほしい、審理をやり直してほしい、と訴え続けている石川がいる。多くの人がその訴えに共鳴・共感し、これまで闘い続けて来た。
 埼玉集会に、愛知、千葉、山梨、東京からも来て下さった。

 埼玉県連・片岡委員長から現状報告の後「3次再審になって10年になるが、今度は勝てる。やれることを精いっぱいやる。」との強い言葉があった。

 再審開始という方向に向かう大きな息吹きが感じられた集会だった。フェイスブック「狭山事件の再審を実現しよう」に詳細が報告されています。