部落解放研究第50回全国集会  2016年10月18日~20日

 部落解放研究第50回全国研究集会が奈良県・奈良市中央体育館を中心に開かれた。
奈良に来るのは十数年ぶりだろうか。京都からJR奈良線に乗り換えて50分弱。沿線に神社、仏閣が多い。1日目は全体集会、2日目分科会、3日目全体集会の流れの中で、私たちは2日目の「狭山分科会」に参加の為、18日夕方奈良に着いた。
 狭山分科会は「奈良市ならまちセンター」で開かれた。今回は「取調べテープからみるえん罪の構造」と題し浜田寿美男さん(奈良女子大学名誉教授) 「日本版イノセントプロジェクト(えん罪救済センター)の取り組み」と題し稲葉光行さん(立命館大学教授)の講演と「狭山第3次再審の現状と課題」と題し中山武敏さん(狭山事件再審弁護団主任弁護人)中北龍太郎さん(狭山事件再審弁護団事務局長) 石川の訴えと、充実した分科会だった。

   
浜田さん「一点だけ見れば狭山は勝っている」  稲葉さん「事実認定は法律家に任せてはいけない」 
 
 中山弁護士と中北弁護士

 特に、2016年4月に設立されたえん罪救援センターの取り組みは以前からお話を伺いたいと願っていたことだった。刑事事件のえん罪の被害者を支援し、救済すること、そして冤罪事件の再検証を通じて公正・公平な司法を実現することを目指すとの設立目的で、支援の対象は「①犯人でないのに犯人だとされ、もしくは犯罪でないのに犯罪だとされ、刑事事件であること②その事件で起訴されたこと」とされている。構成メンバーは稲葉光行さんを代表に、大学の先生や、弁護士。1990年代に、アメリカで取り組みが始まり、今全世界に広がっているそうだ。このことは取りも直さず、冤罪が世界中にあるということなのだ。日本ではまだ発足間もないが、すでに多くの相談が寄せられているそうだ。えん罪の原因は、全世界で共通している。虚偽の自白、誤った目撃証言、誤った科学認定、違法な捜査、・・・・そして冤罪原因を生んでいる制度的な要因にも共通点がある。えん罪の原因究明や防止のためには諸外国においてどのような実技が行われて来たのかを学び、検証することが大事との考えで、センターは、日本国内において冤罪事件の支援を無償で行うことを目的としているが、支援を行うには、専門家の鑑定費用や、交通費、印刷代、通信費、その他の多額の費用が必要なので、寄付を募っていると話された。また「事実認定は法律家にさせてはいけない。人間は間違いをおかす。間違えたら徹底的に究明し、検証することが重要。事実認定は科学者が判断すべき」と自信を持って話されたことが強く心に残った。

 浜田寿美男さんのお話は「人間は弱い、捜査官が密室の中で執拗に攻め続ける。その中で虚偽自白が作られていく。狭山事件の場合、一点だけみれば、それだけで十分勝てる。裁判所が勇気を持って判断できるかどうかだ」と話された。
 石川は「狭山の裁判闘争も最終段階。社会的無知が狭山事件を招いた。その責任の一端は自分自身にある。常に自分を叱責しながら闘い続けて来た。支援者、弁護団のお力添えがあってこそ、ここまで闘い続けてこられた。今が最大の山場、なんとしても三次で勝ちたい。取調べられていて、一番苦しかったのは寝かさなかったこと(夜中まで取り調べられたこと)、しかし、自分の無知が窮地に追い込み、今も皆さんにご迷惑をおかけしている。皆さんに申し訳ない気持ちで一杯だ。」と話したが、この言葉を聴くと切ない思いにかられる。無実の人を無理やり嘘の「自白」に追い込み、人生や、多くの物を奪いつくし、ずたずたにしたのは警察であり、検察であり、真実を見抜けなかった裁判所だ。しかし、石川の苦しみも肌で感じる。石川が犯人とされたことで、「真犯人」を逃がしたことになる。身代金を取りに来た真犯人を逃がしたのは、警察だが、石川にとって権力に翻弄され続けた人生。

 この日、袴田事件の袴田巌さんの姉秀子さんが午後から他の分科会で、映画「夢の間の世の中」の上映があり、そのあいさつの為、金聖雄監督と来られていた。お二人が午前中、狭山分科会に来て下さり挨拶された。秀子さん83歳、巌さん80歳、石川一雄77歳、時間は限られている。
一日も早い再審開始を強く望んでいる。

 
 三重県Nさんから頂きました

 会場に多くの人が来て下った。非常に重要なこの時期だからこそ、狭山を盛り上げようと、狭山分科会に来て下ったことがうれしい。会場からの発言に、千葉のKさん「石川さんは77歳、一日も早く再審が開かれるように」 フェイスブック「狭山事件の再審を実現しよう」のMIKAさん、千葉のKさんと同じく、個人参加だ。「高裁前で雨の日も雪の日も炎天下の日も石川さんはマイクを握っている。高裁前の闘いは反差別の闘い、人権問題を闘っている。裁判所も、世論も高裁前の闘いを見ている。司法はこちらが根負けしてあきらめるのを待っている。絶対負けられない。もっともっと大きく、高裁前を包囲する闘いになれば大きな力になるだろう。来たくても高裁前に来られない人もいる。裁判所に要請ハガキを出すとか、署名活動をするとか、闘う方法はいろいろある。このような運動が他の運動にも大きな力となり、つながっていける。私は今後も全力で裁判所前の闘いをサポートしていきたい」との発言に、毎回高裁前アピールの日は仕事を休み、高裁前を笑顔でサポートし、フェイスブックで狭山を発信し続けて下さっているMIKAさんの存在に感謝の言葉もみつからない。大阪Hさんから、署名45筆を頂いた。三重県のTさん、支部の人たちと必ず狭山分科会に入って下さるその思いがうれしい。京都のKさん「奈良全研参加します。狭山分科会に入ります。日比谷の狭山集会にも行きます。」とのメールを頂き、うれしかった。福岡・添田の皆さんから解放子ども会からの寄せ書きを頂いた。福岡の一条解放子ども会が10月28日狭山集会を開くのでと、メッセージを頼まれた。石川は今右眼があまり見えなくて、書くこと、読むことに少し不自由しているが、子ども会からのメッセージ要請に快諾していた。

 狭山の闘いを、多くの人が支えて下さっている。狭山の闘いへの高まりの願いと、石川さんを励まそうとの思いを持って。狭山事件に巻き込まれて53年、石川は不運だったが、多くの人にこんなにも支えられ、温かい善意の中にいる。えん罪の怒りは消えないが、私たちは幸せだ。