2017年2月18日、14時から埼玉県の「市民プラザかぞ」で足利事件の菅家利和さん、布川事件の桜井昌司さん、狭山事件の石川一雄の獄友3人が一堂に集まってのトークがあった。主催は北埼地区狭山事件を支援する市民の会。加須駅から徒歩3分にある会場で、最初は80人くらいの部屋を借りていたそうだが、埼玉新聞、読売新聞に紹介されたこともあり、沢山の照会があり、急遽広い部屋に変更されたそうだ。広い部屋に変更したことで、主催者は大勢来て下さるだろうかと気を揉んでいたそうだが、ふたを開けてみると会場いっぱいの130人位の方が来て下さり、120人分用意していた椅子が足りなくなったそうだ。主催者の皆さんが地道に多くの人に呼びかけて下さったことに心から感謝している。地元埼玉は勿論、遠くは滋賀県や、山梨県、千葉県、東京からも来て下さった。

   
左から、菅家さん、石川、 桜井さん 主催者挨拶 赤嶺代表 

 また埼玉に住まわれている講談師の神田香織さんも会場に来て下さって驚いた。

 
 神田香織さんから熱いエールを頂きました

神田さんは福島県出身ということもあり、反原発を中心に、冤罪や、沖縄問題等、反差別の立場を貫かれた講談をされている。かといって笑いあり、批判ありで、ほんとうに素晴らしい。狭山市民集会にも来て下さり、狭山の講談もして下さった。昨年の10月28日の狭山市民集会には降り続く雨の中、最後までデモ行進をされ、着物もびしょ濡れになっていた。彼女の凛とした生きざまを見る思いだった。私は彼女の大フアンだ。 
 司会の塩田さんがそれぞれに「なぜやってもいない事件の犯人にされたのか、なぜやってもいないのに自白したのか」と核心をつく質問にただただ真面目に生きてきた菅家さんは「今もなぜ自分が犯人にされたかわからない。今も検察、警察は私に謝っていない。怒りは収まるどころか、時間が経つ程、ますます募る。彼らを絶対に許せない」と強い口調で語った。「事件が起きて1年間も警察に尾行されていたそうだが、私は悪い事をしていないので、その様なことに気づきもしなかった。私は全然悪い事はしていない。」と話された菅家さんに、時々車に乗せて頂くことがありますが、事件当時幼稚園のバスの運転手をされていた菅家さんは、命を預かる立場として、当時も今も運転は慎重で、安全運転に徹し、命を大切にされています。

 
 桜井昌司獄中歌集より「かあちゃん」を歌う

 桜井さん、石川は別件で逮捕された。しかし、取調べは本件(殺人事件)で、最初から見込み捜査の中で犯人にされていったのだ。殺人犯にされ、長い拘禁生活を余儀なくされましたが、桜井さんはそのなかで、「沢山の人の善意と、支援を受け、苦しいだけの人生でなく多くの得るものがあった」と言います。石川も同じです。文字を知らなかった石川が石川の無実を信じた看守さんに文字を教えて頂きました。取り戻した文字で多くの人に無実を訴える手紙やメッセージを出し続けたのです。「文字を取り戻して多くの事を学んだ、多くの人と出会った、心が豊かになった」といいます。
 菅家さんは獄中17年6か月、桜井さんは29年 石川は31年7ヵ月。その3人のトークは重くもありましたが、しかし、多くの善意と支援の闘いに支えられてきました。菅家さんは2010年に、桜井さんは2011年に無罪が確定しました。
 ただ一人、石川は未だ再審請求中でありますが、昨年8月に石川無実を明らかにする「下山鑑定」が出され、これを裁判所がきちんと調べてくれれば必ず無罪になるはずであり、今は大きな希望を持って闘いを続けています。

 懇親会では2日前(2月16日)に誕生日だった私、1月の誕生日の桜井さん、石川、そして昨年10月に誕生日だった菅家さんに大きな花束を頂きました。生きてい て良かった、元気に出られて良かった、との皆さんの温かい思いが伝わってきました。

   
懇親会で左から石川、菅家さん、神田さん、桜井さん  花束を頂きました (写真は「狭山事件の再審を
実現しよう
」フェイスブックより)

 桜井さんが集会の中で「かあちゃん」を歌われました。桜井さんも菅家さんも石川も獄中で両親を亡くしています。歌を聴きながら母ちゃんを思いだし、辛く切なそうな表情をしていた石川ですが、懇親会ではとても楽しそうでした。
獄友と一緒に花束を贈って頂き、感激して「もう思い残すことはない」と言いながらも、「明日からまた再審勝利をめざしてがんばる」との決意を語っていました。
 皆さんほんとうにありがとうございました。