浦和地裁「死刑判決」53カ年糾弾!狭山第3次再審闘争勝利!3.10埼玉集会

 3月10日、埼玉集会の前段に「県南 石川一雄さんを支援する会」を中心に浦和駅で16時から狭山情宣行動が行われた。寒かったこともあったのだろう、例年よりビラを受け取ってくれるのが少ない気がした。浦和駅から2キロくらいの所にさいたま地裁(前浦和地裁)がある。53年前、石川はこの地で内田裁判長から「死刑判決」が出されたのだ。判決文は「小学校すら卒業せず、少年時代を他家で奉公人として過ごし、父母のもとで家庭的な愛情に育まれることがなかったことがその教養と人格形成に強い影響を及ぼした」と、部落差別の結果、貧しくて、義務教育である小学校すら行けなかったことを、個人の責にし、被差別部落への予断と偏見のもとに十分な審理も行わず、公判から半年のスピード審理で「死刑判決」を出した内田判決は、狭山差別裁判の原点として石川の心に刻み込まれている。

   

 また、6年前の3,11は、東日本大震災があり、その後、福島原発の大事故があった。国はまるで事故が無かったかのように糊塗したいのか、終結を急ぎ、被災者の思いを踏みにじり、被災者を分断しようとしている。

 
 会場に狭山カルタが。集会後頂き、狭山現地事務所に展示

 人々が無関心でいることが、国にとって都合のいいことなのだろう。強大な権力に抗うことは厳しい事だが、だからと言って無関心や、しかたがないとあきらめたていたらやがて、自分自身の人権も奪われ、気がつけば、がんじがらめの監視社会になり、命すら軽んぜられる世の中になるのではないか、と危惧する。 

 午後6時から始まった「ときわ会館」での集会は、オープニングセレモニー 劇団「狭山座」(県南 石川一雄さんを支援する会を中心)の狭山朗読劇。最新の下山、川窪鑑定で狭山事件の真実が明らかにされる過程が熱演された。司会者から、「5・23狭山市民集会で演じては?」との言葉に会場から大拍手。

 
 50年ぶりに証拠開示されたジェットブルーの
インク瓶。ブルーブラックのインク瓶との色の違い


 片岡埼玉県連委員長から「石川さん有罪の最大の証拠とされた、石川さん宅から発見された『万年筆』が科学の力でニセモノでデッチアゲとわかった。今年こそ下山、川窪鑑定を力として無罪を勝ちとろう」と挨拶。 

 埼玉弁護士会・木村壯弁護士、埼玉同宗連から連帯の挨拶と、埼玉弁護士会・山下茂弁護士からメッセージを頂いた。
 基調報告の後、狭山弁護団・青木孝弁護士より、53年目の新事実「発見万年筆は、被害者のものではない」と題した講演がされた。

   
「狭山座」の朗読劇」見えない手錠を解き放て  カモイの模型とポスト(参加者の書かれた
高裁・高検への要請はがき 投入)

  石川も53年前に出された浦和地裁、内田判決こそ差別裁判の原点であり、今も決して許すことはできない」と上記歌を詠んだ。
 大きな熱気に包まれた集会だった。これも地元埼玉の皆さんのけっして諦めない闘いの歴史があり、「証拠を開示せよ」の声に、抗しきれなくなった検察が証拠を開示したことによって明らかにされた石川無実の数々の新証拠を弁護団より提出されたからだろう。

 集会の前段、劇団「狭山座」での狭山差別裁判うちくだこうの全員の歌で始まった集会、最後も歌で締めくくられた。

 集会に出かける前、狭山現地事務所の桜の木には、大きく膨らんだ花のツボミが今にも咲きそうだった。 狭山の春は近い。

上記歌
「苦しみの中で悟った吾人生 地獄に落ちた内田憎き」