不当逮捕から54年目の狭山集会・・・この道の先にきっと新しい世界が

 

 日比谷野外音楽堂での狭山市民集会の前段に10時30分から、日比谷公園・健康広場での前段集会があり、多くの人が集まった。
組坂部落解放同盟委員長、石川の挨拶、そして足利事件の菅家利和さんからの連帯挨拶のあと、東京高検、東京高裁への要請行動に。
東京高裁には、証拠開示、再審開始の署名を届ける。多くの人たちから頂き、また高裁前アピール行動の中で頂いた署名だ。高裁前では11時から12時までビラ配布とマイク情宣を行った。
 この日、袴田事件の三者協議があり、12時には袴田事件のマイク情宣も行われた。
 12時30分から始まった日比谷野外音楽堂での狭山市民集会では、歌手中川五郎さんのプレコンサート。”We Shall Overcome”も歌われた。心が洗われる思いだった。

   
雨宮さん、指宿弁護士、菅家さん、石川、桜井さん  福島さん、石川、袴田さん 
    
釜ヶ崎日雇労働組合から今年も来ました「狭山勝利号」 

  集会は13時から。
 石川は上記歌を詠み、「今年中に決着を!」と魂を振り絞った訴えを。足利事件の菅家利和さん、布川事件の桜井昌司さん、袴田事件の袴田秀子さん(袴田巌さんの姉)からも連帯のアピールを頂いた。
 狭山弁護団でもあり、社民党副党首の福島瑞穂さんから「石川さんは選挙権も奪われている、1週間以上の旅行なら保護観察所に旅行許可申請書をださなければならない、転居の自由も制限されている。見えない手錠に縛られ続けている石川さんが、一日も早く自由になり、選挙で一票が投じられるように全力を尽くしたい、支援者の皆さんとともに頑張る」と挨拶をされた。胸に響く言葉に熱い思いがこみ上げた。
 作家の雨宮処凛さんからも連帯の挨拶を頂いた。この日は真夏日を思わせる暑さで、じりじりと太陽が照りつけ、会場に来て頂いた皆さんの体調が気にかかった。また、雨宮さんは、大きな荷物を両腕に抱え、ノースリーブのさわやかなワンピース・・・・でデモ行進の最後まで最先頭で歩いて下さった。だからこそ、この暑さを心配し、「途中で帰られるように」とお願いしたが、最終の解散地点まで歩かれた。「寄り添い最後まで共に」と何も語られなかったけれど、その思いが痛い程伝わった。大阪の西岡さん、京都の木村さん、体調を崩しながらも参加して下さった。

   
露の新治さんと  今年も東京から車いすで 参加を

高裁前アピール行動や、狭山の集会には必ず来て下さった日本キリスト教団の丹波さんは今病床にあるが、丹波さんの所属する東所沢教会からも沢山の人が・・・
 釜ヶ崎からは今年も「狭山勝利号」で多くの人が来て下さり、大きな力を頂いた。

   
組坂委員長(右端)と。署名を高裁に届ける  ご家族で集会に来て下さったMさんの高裁前アピール

 日比谷野外音楽堂の一角では「狭山カレンダー」の販売もされた。

 翌24日、午前中に保護司さんとの面談だったが、保護司さんも私のホームページで「狭山カレンダー」が23日販売されることを知っていてくださり、カレンダーを買って下さった。「カレンダーというより学習資料ですね。いい写真と資料ですね」と話して下さった。

 54年目の狭山、支援者の多くの方、また、弁護団も石川も年を重ねてきましたが、半世紀以上たっても、無実を明らかにする新証拠が続々と出され、狭山の闘いもさまざまに工夫されて闘い続けられている。このことが奇跡のように思われる。しかし、闘いはこれからが正念場。

ストーンリバーブログからの文章を引用させて頂きたい。
「ときに絶望的な気分になることもあるが、希望は途絶えはしないし、道も消えてはいない。この道の先にきっと新しい世界があるはずだ。確信を持って進もう」

写真はフェイスブック「狭山事件の再審を実現しよう」、大阪・南さん、東京・市川さんから引用させて頂きました。

石川の5,23メッセージの短歌