8・6「狭山事件の再審を求める県民のつどい」   2017年8月6日

 台風接近中、心配しながら兵庫県私学会館に向かった。
予想気温は大阪で38度。会場に来るだけでも大変な中を今年もいっぱいの人が来て下さった。

 
 主催者・細田県連副委員長挨拶

 72年前の8月6日ヒロシマで、8月9日長崎で、原爆が投下された。40年前の1977年8月9日、狭山事件の上告が棄却された。その悔しさを肝に銘じ、また、平和を願って毎年8月に狭山集会が開かれている。
司会の池田狭山闘争本部長より「狭山の勝利無くして日本の平和はない。人権は守れない。石川さんの54年の闘い、怒りを共有し、行動をおこそう」との開会あいさつの後、主催者の部落解放同盟兵庫県連副委員長・細田さんより兵庫でも狭山事件と同じような冤罪事件が起きていることを紹介しながら、狭山を闘い、勝利することは、司法の在り方や、民主化を問う闘い、勝利まで闘う」とあいさつを頂いた。石川は「3次で勝利し、人生の再出発ができるよう」と更なる支援を訴えた。

 集会後今年も、JR元町駅前で情宣行動をおこなったが、汗を滝のように流しながら、多くの人が行動に参加して下さった。
滋賀のよっちゃん、大阪のHさんは、6月29日の「つながろう ひろがろう 7.29講演会in 神戸」の学習会 8月2日「泉州狭山学習会」に引き続いての参加でこの一週間の間に3回お会いした。

大阪のSさん、兵庫の石川を「おやじ」と呼ぶMITUNORI、Mさん、Aさん、多くの出会いを頂いた。

 検察は狭山事件の証拠を小出しにして引き延ばしを図り、証拠隠蔽を図っている。それを充分に承知しながら裁判所の動きは鈍い。
 7月24日の三者協議で裁判所は、一部証拠開示勧告を出したが、肝心な証拠についての勧告は無い。下山鑑定についての鑑定人尋問も、職権による鑑定も今はまだない。
 しかし、確実に狭山は動いている。石川は「私の無実は証拠を出すたびにますます明らかになっている」と話したが、正にそのとおりで、冤罪事件の特徴は有罪とされた証拠が無実の証拠になっていることだ。
 狭山事件がその典型のように思える。

   


 これまで石川が流したであろう多くの涙。
そして狭山を闘い続けて来た同志の多くが今病床にあることを思うと、胸がかきむしられるおもいがする。
54年、54年、54年・・・・・・
「今度こそ」と唇を噛みしめる。

 ストーンリバーに詳しく掲載されています。

   
MANAMIさんからブルーベリー、ブドウ、枝豆、ニンニク等抱えきれないお土産を