狭山事件の再審を求める市民集会  2017年10月31日

 1974年10月31日、東京高裁寺尾裁判長による無期懲役の不当判決から43年目の10月31日、日比谷野外音楽堂で市民集会が開かれた。それに先立ち、10時30分から日比谷公園健康広場での前段集会に、足利事件の菅家利和さんや多くの支援者で広場は埋まった。その後、高裁、高検に要請行動と同時に弁護士会館、高裁前の2ヶ所での情宣行動があった。

   
日比谷公園での前段集会  東京高裁前で情宣行動 
 

12時30分から、日比谷野外音楽堂で、シンガーソングライター 李政美さんのプレイベント。私の好きな「ありがとう いのち」も歌われた。
 政党から立憲民主党幹事長の福山哲郎参議院議員をはじめ、社民党副党首の福島瑞穂さん(狭山再審闘争弁護団)等から挨拶を頂いた。福山さんが立つと大きな拍手が巻き起こり、立憲民主党への期待の大きさが感じられた。福島瑞穂さんは大学生の時、「石川青年は無実だ」と書かれたゼッケンをつけて狭山集会に参加して下さっていたそうだ。狭山弁護団として、どんなに忙しくても、三者協議に駆け付けて下さり、狭山闘争の大きな力となってこれまで支え続けて下さっている。「石川さんに『福島瑞穂』に一票を入れてもらいたいが、石川さんには投票権がない。一日も早く無実を無罪に」と話された。

   
李政美さんの歌声に魅せられて ひときわ目を引いた 桃太郎旗

 狭山事件も発生から半世紀以上が過ぎ、来年には55年になる。時間ばかり過ぎる無念も悔しさも苛立ちもある。しかし、この長い年月を多くの人が支え続けて下さったことが、石川が心折れずに元気に闘い続けて来られたのだと思う。夜行バスで来て下さった人や、狭山勝利号のバスを出して参加して下さった人たち、多くの人たちに心から感謝している。

   

 連帯アピールで憲法学者の小林節さんは「政権が交代すれば官僚も変わる。政権交代に向けて努力して頂きたい。裁判官はメディア、世間を気にしている。狭山事件を怒りを持って、どんどんメディアに発信して下さい」と話された。毒された司法官僚も政権が交代すれば変わると言う。

   

 袴田事件の袴田巌さんのお姉さん秀子さんは「弟が出て3年8カ月が過ぎた。今も『死刑囚』である巌が町中を一日6時間ほど闊歩している。裁判はいっこうに進まない。9月26日、27日には証人尋問があった。良くも悪くも動かないと進まない。石川一雄さん共々一日も早く無罪判決を勝ちとれるようご支援を」と訴えた。袴田支援者の山崎さんから「11月6日に三者協議が開かれるが、これで来年1月から秋ごろまでに結論が出されるのではないか。巌さんは来年1月で81歳になる」と話された。
 布川事件の桜井昌司さん、足利事件の菅家利和さんからアピールを頂いた。

   

 狭山事件の再審を求める市民の会代表の武者小路公秀さん「多様な考えの人たちが、石川さんの冤罪を晴らすその一点で集まっていることはすばらしい。石川さんに荊の冠をかぶせている司法に荊の冠を投げ返そう」 事務局長の鎌田慧さん「昨日高裁に要請行動に行ってきた。『疑わしきは被告人の利益に』が刑事裁判の鉄則だが、再審開始はらくだが針の穴を通るより難しいと言われる。狭山事件は疑わしい事だらけ。裁判所の信頼のためにも冤罪をなくさないといけない。警察、検察が証拠をでっちあげるのを裁判所が糾弾しない。狭山事件は発生から来年55年になる。なんとしても再審開始の朗報を勝ちとりたい」とまとめられた。

   
裁前でマイクを持ち熱く訴え続けた兵庫県のIさん  日比谷公園には露蕗の花が 
  その後デモ行進に移った。いつも集会に来て下さる兵庫県のHさん、東京のAさん、日本キリスト教団のTさん、石川が「狭山の父」と呼んでいる大阪のNさんが、今回は来られなかった。これまで、どれほど多くの人が狭山闘争に参加し、また参加できなくなったことだろう。集会、デモと続き、またそのままバスで帰られた多くの闘う仲間の皆さんが元気に帰られますようにと心で手を合わす。皆さんありがとうございました。