第37回埼玉人権フォーラム   2017年11月16日

 第5分科会「えん罪と人権」分科会は、人があふれた。入りきれない人がいて、他の分科会に行かれたことを残念に思った。久しぶりの金聖雄監の「獄友~えん罪青春グラフィティー」と題した報告と、新潟から来られた狭山事件再審弁護団・近藤正道弁護士の報告に、最終的な山場に来ている狭山第3次再審闘争への期待や、現在の状況等を知りたいとの思いで多くの人が来て下さったのだろう。
 金監督は、事件直後に生を受けた(1963年6月生まれ)そうだ。生きてきた年月が狭山事件と重なる。金監督が「狭山事件」「袴田事件」の映画を撮り、今回えん罪事件3作目となる「獄友」も間もなく完成されるそうだ。試写会は12月20日に予定されている。毎日映像と向き合い、格闘されているとか?一般公開は来年3月頃になるそうだが、ぜひとも多くの人に観て頂きたい。

   
金聖雄監督の 挨拶 近藤正道弁護士(左)石川ウメ子さん(中央) 

 近藤弁護士は43年前、寺尾差別判決が出された時、日比谷の10万人集会の中の一人として参加されていたそうだ。無罪判決を疑わなかったという。「今日新潟から出てくるときは雪景色だった。トンネルを抜けると景色が変わっていて驚いた」と冒頭話されたが、遠く新潟から欠かさず東京高裁で開かれている三者協議に出られ、記者の質問にも的確でわかりやすいお話をされる。「再審は検事の持っている証拠を出させて対峙していく事が重要になってくる。50年以上も隠され続けて来た証拠を出させたことによって、来年は大きなターニングポイントになる。下山鑑定は確定判決を突き崩す決定的な無実の証拠。狭山事件を担当する検察は袴田事件と全く同じ体制。決して警戒を緩めてはならない。裁判所も全国の闘いを注目している。裁判所前のアピール行動をどれだけ支え、運動を盛り上げるかも重要だ。裁判所に最後の司法の砦としての自覚をさせるためにも声を上げ続けよう」と話された。

第27回 日教組人権教育実践交流集会  2017年11月18日~19日

 さいたま市の「さいたま共済会館」で上記集会が開かれた。全国各地から120人くらいの参加があったそうだが、埼玉で開催ということで、1日目は「狭山事件の再審無罪を訴え続けて」と題した石川の訴えと「先生、部落って何ですか」と題して埼玉県人権教育研究協議会の岩崎正芳さんからの報告があった。石川は、小学校5年で住み込みで働きに行ったことや、教育から弾き飛ばされていた石川が冤罪に捲き込まれ、石川の無実を信じた正義感ある看守さんによって文字を教えてもらった事などを話した。無実でありながら、32年間の辛苦の獄中生活も、文字を取り戻し、多くの事を学んだことで決して無駄な時間ではなかった。心が豊かになったと話す石川のことばをどのように聴いて下さったことだろう。
 岩崎さんは37年間の教職生活をされ、今年3月に定年退職されたそうだが、その間ずっと被差別部落の子どもたちと関わり続けられた。被差別部落で生まれ、学力を奪われた石川が不当逮捕されたことなど、教育、教師の在り方を考えつづけ、狭山闘争への支援をされ続けた。「ひとあしひとあし前へーこの子たちと歩んだ37年」を今年3月に解放出版社(定価2000円+税)から出されている。多くの人に読んで頂きたいと思う。

   
片岡埼玉県連委員長:来賓あいさつ  石川の訴え 

 19日はフィールドワーク 

 
 「殺害現場」とされる雑木林跡地で説明を聞く

 Aコースは「狭山現地調査} Bコースは「丸木美術館・岩殿観音コース」
 10時から12時まで多くの人が狭山現調に来て下さった。

 11月16日埼玉人権フォーラムで出会ったTさん、参加者の名簿にはなかったので驚いていると、「どうしても狭山現調に来たかったので自主参加させてもらいました」とのこと。
 40数年前、2年ほど狭山市に住んでいたという方も。
 また徳島からはYさんが参加してくださった。うれしかったな~

 
 狭山現地事務所で

 16日に開かれた埼玉人権フォーラム「平和と人権」の分科会で「帰還困難区域の現状と今後の見通し」と題して報告された福島県大熊町の木幡ますみさんと会の終了後お会いした時「ずっと狭山を応援し続けていました。現調にも行きました。石川さんが元気で闘い続けていることがうれしいし、励みです」と話して下さった。
 闘いの中で多くの出会いを頂く。
それがまた石川の力、エネルギーになっている。