3.11浦和地裁「死刑判決」60ヵ年糾弾!
狭山第3次再審闘争勝利!3.9埼玉集会

 2024年3月9日、13時30分から上記集会がさいたま市浦和の「埼佛会館」で開かれた。
早めに出たが、ナビをいれていても少し迷った。

浦和駅西口での 狭山スタンディング後、幟・プラカードを持ち会場へ
フェイスブック「狭山事件の再審を実現しよう」より転載

13時過ぎに着いたが、会場は、はや満席になっていた。驚いたのは、遠く愛知県からM住職さんが来られていたこと。そして東京、千葉からも・・・・・
この日は、12時から浦和駅西口でスタンディングをし、その後会場に来られた人たちも。
集会が始まるころには会場に入りきれない人たちがロビーにいっぱいになった。
3月11日は、13年前に東日本大震災(地震による津波やその後の原発事故)が起きた日だ。電車で集会に行く予定が電車が止まり、急遽車で行ったが、全ての信号機は止まり、本当に怖かった。会場に何とかこられた人たち40人位で集会をした。集会が終わった後、何時間もかかって会場に着いた人がいたということもあとで伺った。
今も2520人の人が不明だという。
今も地震が多発し、各地で大きな被害が起きている。この国に原発はいらないと強く思う。

 主催者を代表して、片岡埼玉県連委員長が①狭山の現状➁2月27日に行われた58回目の三者協議について報告があった。
「石川宅カモイ上から発見された被害者の物とされる万年筆について、被害者の使っていた万年筆のインクとカモイから発見されたインクの色も成分も違うことが、科学の進歩等によって明らかにされた。このことを裁判所が職権で調べてほしい。これが最大のポイント」と述べられた。

 
 山崎俊樹さんの報告

特別報告として、「袴田巌さんの再審無罪に向けて」と題して「袴田巌さんを支援する清水・静岡市民の会事務局長」の山崎俊樹さんから「私がえん罪事件にかかわり始めたきっかけは狭山事件。袴田さんの無実は確定している。多くの支援があり、ここまで来た。これからもえん罪で苦しんでいる人たちと共に闘いたい」と報告があった。

連帯のビデオメッセージでは「巌が終わっても終わりでない。これからも共に」との袴田秀子さんの笑顔と共に、巌さんが最近ネコを二匹飼っていると話され、巌さんがネコを抱いている映像に思わず笑顔になる。

 

 一雄は「何回か挫折しそうになったが、部落の兄弟姉妹、字を教えてくれた元看守さん、そして共闘の皆さん、多くの人に救われた。うれしかったのは獄中で文字を獲得したこと。努力を惜しまなかった。今は杖が必要になっている。しかし、勝利するまで何としても元気に闘い抜く。」との決意を語った。

 NHKテレビ「おはよう日本」等マスコミも今狭山を多く取り上げている。

狭山の風を感じる
この風を確かなものに!

 フェイスブック「狭山事件の再審を実現しよう」にも報告されています。